ぜひ一度、食べて頂けるとありがたいです。よろしくお願いします。
ニンニク(福地ホワイト六片)の小話
来歴ははっきりしていませんが、鎌倉時代、青森県南地方は牧畜が盛んでニンニクは馬にとって万能薬とされ、飼育に付随して栽培されていたのが始まりと言われています。
また一説には、今から210年前、苫米地地区の農家が4~5人で「伊勢参り」をした際、その地方にあったニンニクが利尿、胃腸、神経痛によく効くと聞き、種子を購入して宅地に栽培したのが始まりとも言われています。
青森県には昔から福地村(現南部町・福地地区)、三戸町、岩木町(現弘前市岩木地区)など各地に在来種があり、特に評判が良かったのが福地村苫米地のもの。白くて大きく、しかも甘味がある福地のニンニクは「苫米地ニンニク」の名で八戸市をはじめ、青森市や三沢市まで運ばれていたといいます。
長い間薬用として利用されてきたニンニクは、戦後、生活様式の多様化が進むと、香辛料や調味料として料理に利用されるようになります。昭和30年代、全国的な需要の伸びにしたがって県内でも栽培機運が高まり、青森県農業試験場は全国から在来種を集めて比較試験を行いました。
この結果、最も優れていたのが福地の在来種「苫米地ニンニク」だったのです。球皮、りん片の数も6個前後で形も大きいことから、昭和38年「福地ホワイト六片」と命名され、県内全域で栽培されるようになりました。
現在、青森県は国産ニンニク生産量の約8割を占めており、この大産地を支えているのが「福地ホワイト六片」です。青森県が日本一のニンニク産地になれたのは、先人達がこの種子を絶やさず残してきたからと言っても過言ではありません。
山内農園では福地(苫米地)と三戸に畑を持ち、この「福地ホワイト六片」を栽培しております。